ルバート代表の松上です。前回はアフリカのザンビアで車を運転した話を書きました。今回はアフリカで出会った二人について書こうと思います。
NGOで働く二人
2011年当時、私はアフリカの栄養不良の問題を改善するために、スピルリナという高栄養価の藻を現地で普及するプロジェクトに取り組んでいました。そしてプロジェクト実施のために現地のパートナーNGOと協力していました。その一つがKara CounsellingというHIV/AIDS問題に取り組むNGOでした。
Kara CounsellingはAIDS患者のためのホスピスやAIDS孤児のための保育園などを運営しており、その中心メンバーがオランダ人医師のジャック=メンケとザンビア人のウィンストン=ズールーでした。
二人に初めて会ったのはKara Counsellingの会議室でした。二人とも現地のHIV/AIDSの課題を解決するためにとにかく前向きに何でも取り組むという姿勢で、初対面でしたが話がとても盛り上がったのが印象に残っています。そして、現地では新参者の日本人の私のことを何の偏見もなく温かく受け入れてくれたのも印象的でした。
ジャックのこと
オランダ人医師のジャックとはその後親しく付き合うようになり、ご飯を一緒に食べる度に彼は色々な話を私にしてくれました。彼は1990年代からザンビアでAIDS患者の治療にあたっていましたが、当時はまだ薬が高価で患者が苦しみながら亡くなることを看取ることしかできませんでした。
一緒に働いていたスタッフも次々にAIDSで亡くなり、彼は絶望の中で一度オランダに戻ることを決め、オランダに帰国します。ただ彼は、ザンビアの人達を放っておけないということで数年を経てまたザンビアに戻ってきたのでした。
「なぜそんなにアフリカのHIV/AIDSの問題に取り組むのか?」と一度聞いたことがあります。ジャックは「小さいころからアフリカで働きたかったんだ」と当たり前のように答えてくれました。
そんな彼の趣味はアートでした。Art4artというHIV/AIDSの啓発をアートで行うNGOにも彼は所属していました。ルサカ市の中心部にあるArt4artのアトリエに一度私を連れて行ってくれたことがあります。
彼は現地のアーティストの友人たちとその作品を紹介しながら「アフリカには教育を受けていなくても、彼らのようにすごい感性をもったアーティストたちがたくさんいるんだ!」と目を輝かせながら語ってくれました。
そのあと、彼とアトリエで一緒に絵を描きました。私の描いたのは拙い絵でしたが、ジャックは「ジュン、素敵な絵だよ!」と、とても褒めてくれました。今でもその絵は捨てられず10年を経て我が家に眠っています。
ズールーさんのこと
Kara Counsellingのもう一人の中心人物、ズールーさんは車椅子に乗りながら、いつも穏やかに、しかし、信念を持って話をする方でした。私はズールーさんのことをそれまで全く知らなかったのですが、実は彼は1992年にザンビアで初めて自身がHIV感染者であることをカミングアウトした人だったのです。
彼は幼い頃にポリオで歩けなくなったのですが、それに負けずに学校に通い、努力の甲斐があって20代の頃に海外の大学に留学できることになりました。しかし、そのタイミングでHIVへの感染が判明し、留学が取り消しになったのです。
普通なら絶望するところですが、彼はそれでも負けずに、HIV/AIDSに対する差別や偏見と戦う決意を固め、HIV感染者であることをザンビアで初めてカミングアウトしたのです。この行動はザンビアで大きな反響を呼び、そしてその彼の存在がHIV/AIDS問題に取り組むKara Counsellingの設立につながったのです。
その後
そんな2人の協力のおかげもあり、現地でプロジェクトを無事に推進することができました。そして、3か月ほどの出張期間が終わり、私は日本に帰ることになりました。実はそれがズールーさんとの別れになりました。
私が日本に帰国して5か月後の2011年10月に彼はAIDSによる病気で亡くなってしまったのです。私の出張中も決して体調は良くなかったのだと思います。それでも彼はそんな素振りは見せず、最後まで一生懸命協力してくました。
その後、彼の勇気のある生き方を記念してルサカ国立博物館の前に8mの高さの「Statue of AntiRetroviral Man」が作られました。これはジャックが所属するArt4artのメンバーが病院のAIDS病棟の古いベッドを材料に作ったアート作品でした。
当時私は31歳でしたが、ザンビアで出会ったジャックとズールーさんの二人は、日本ではそれまで全く出会ったことのないタイプの人達でした。何か大きなもののために行動する二人の強い信念に心が揺さぶられずにはいられませんでした。
今、私は日本で喜んだり落ち込んだりしながら日々仕事をしていますが、ふと二人のことを思い出すと、そんな全てが些細なことに思える、そんな不思議な感覚になるのです。