そこでも触れましたが、経営層に企画を通すためのアプローチには、「表」と「裏」の二つのルートがあります。前回は主に「表」、つまり経営会議という公式の場で意思決定される資料には、どのような要件が求められるのかという点を中心に解説しました。
一方で、実務の現場を見てみると、「経営会議の場で初めて企画を説明し、その場で可否が決まる」というケースは、多くはありません。多くの企業では、経営会議の前に、関係する役員やキーパーソンへの事前説明、いわゆる根回しが行われているのが実態です。
今回は、その「裏のルート」に焦点を当て、経営層への事前説明をどのように設計すればよいのかを考えていきます。
経営層への提案には「表」と「裏」の2つのルートがある
表のルートと裏のルートを分ける最大の違いは、裏のルートが非常に属人的であるという点にあります。表のルート、つまり経営会議で使われる資料では、どの会社でもある程度重要ポイントが同じです。会社の方向性と整合しているか、論理的に破綻していないか、数字やファクトは十分か、厳しい質問に耐えられるか、などが重要になります。
一方、裏のルートでは話がまったく異なります。同じ企画であっても、相手が変われば、伝えるべき内容や伝え方も大きく変わるからです。細かい背景や検討プロセスまで丁寧に聞きたい役員もいれば、結論と全体像さえ分かれば十分という役員もいます。資料をじっくり読み込むタイプもいれば、資料よりも口頭での説明の方が理解が進むタイプもいます。
場合によっては、会議室で説明するよりも、非公式な雑談や食事の場で話した方が、圧倒的に理解が深まることもあります。「その役員にとって、最も理解しやすいコミュニケーションは何か」を考えること自体が、裏ルート設計の重要な要素になります。
実際私はコンサルティングのプロジェクトで高齢の会長向けにA3の紙に大きなフォントで紙芝居のような説明資料を作ったこともあります。こういったことも裏のルートの設計の大事な要素になります。
経営層への事前説明を考えるためのDMU分析とは
では、裏ルートをどのように設計すればよいのでしょうか。その際に有効なのが、DMU(Decision Making Unit)分析です。DMU分析は、もともとBtoB営業の世界で使われてきた考え方で、「意思決定が、誰によって、どのような役割分担で行われているのか」を整理するフレームワークです。
私たちはつい、「決定者=一番偉い人」と単純に考えてしまいがちですが、実際の意思決定はそれほど単純ではありません。決定者が一人で判断するケースはむしろ少なく、多くの場合、周囲の人間の意見や承認プロセスを経て決まります。
決定者の相談相手として強い影響力を持つインフルエンサーが存在することもあれば、普段は表に出てこないものの、最後に承認を行う立場の人が案件のストッパーになることもあります。場合によっては、秘書や側近のような「門番」が、情報の流れそのものをコントロールしていることもあります。
このDMUの考え方を経営層に当てはめ、「経営層の中で、どのような力学が働いているのか」を理解することが、裏ルート設計の出発点になります。
経営層の人間関係パターンを理解する重要性
とはいえ、経営層の人間関係を細かく把握するのは簡単ではありません。外から見えにくい部分も多く、直接聞けることにも限界があります。
そこで、実務上の整理として有効なのが、経営層の人間関係をいくつかの典型パターンに分けて考えることです。ここでは、よく見られる四つのパターンをご紹介します。
経営層の人間関係パターン①:盟友型
一つ目は「盟友型」です。経営層それぞれが担当領域を持ち、比較的フラットな関係で役割分担がなされているケースです。この場合、財務はこの役員、マーケティングはこの役員、といった形で責任範囲が明確になっており、該当する担当役員に話を通せば、企画は比較的スムーズに進みます。
経営層の人間関係パターン②:対立型
二つ目は「対立型」です。経営層の中にいくつかの派閥や意見の対立軸が存在している構造です。対立と聞くとネガティブな印象を持たれがちですが、互いにチェック機能が働くため、意思決定の精度が高まるという側面もあります。ただし、一方の立場にだけ説明をすると、もう一方から強い反論が出る可能性があります。そのため、この場合は、対立する双方に対して事前説明を行うことが重要になります。
経営層の人間関係パターン③:主従型
三つ目は「主従型」です。いわゆるトップダウン型の構造で、強い影響力を持つトップが会社を率いているケースです。創業期のスタートアップなどでは、この形が多く見られます。この場合、経営会議よりも、トップ個人へのアプローチが意思決定を左右します。
経営層の人間関係パターン④:裏権力型
そして四つ目が「裏権力型」です。公式にはトップが意思決定者であるものの、実際には、そのトップに強い影響力を持つ人物が存在しているケースです。会長や顧問、あるいは経営陣の中の特定の人物など、外からは見えにくい存在ですが、社内の意思決定の流れを観察していると、その影響力が見えてくることも少なくありません。この場合、裏で影響力を持つ人物への事前説明と、公式トップへの説明の両方が欠かせません。
経営層の意思決定タイプは大きく4つに分けられる
誰にアプローチすべきかが見えてきたら、次に考えるべきなのは、その相手がどのような意思決定スタイルを持っているのかという点です。人によって、好むコミュニケーションのスタイルや、納得のポイントは大きく異なります。その違いを無視して同じ説明をしてしまうと、「なんとなく刺さらない」という状態になりがちです。ここでは、よく見られる四つの経営層タイプを紹介します。
経営層タイプ①:ビジョナリー型
まず「ビジョナリー型」です。このタイプは、未来志向で理想像から語ることを好みます。組織の方向性や、将来どのような世界を実現したいのかを描くことに長けています。一方で、具体的な実行計画や細かい詰めは、必ずしも得意ではありません。
このタイプの方と話す際には、まず「どんな未来を実現する企画なのか」というビジョンをしっかり示し、そのうえで「その実現のために、何が必要なのか」を具体化していく流れが有効です。典型例としては、孫正義、スティーブ・ジョブズ、イーロン・マスクなどがよく挙げられます。
経営層タイプ②:ロジック型
次に「ロジック型」です。このタイプは、データや根拠、論理の整合性を重視して意思決定を行います。「根拠は何か」「他の選択肢と比較したのか」「リスクは定量化されているか」といった点を重視します。そのため、構造化された説明と、数字やファクトを用いた裏付けが欠かせません。代表例としては、ビル・ゲイツや柳井正がイメージしやすいでしょう。
経営層タイプ③:コンセンサス型
三つ目は「コンセンサス型」です。このタイプは、企画の内容そのものだけでなく、どのようなプロセスで進めるのかを重視します。関係者の理解を得られるか、反対意見への配慮がなされているか、といった点が重要な判断材料になります。このタイプには、合意形成を意識した進め方を丁寧に示すことが効果的です。豊田章男などが、このタイプの代表例として挙げられることがあります。
経営層タイプ④:直感型
最後が「直感型」です。このタイプは、感覚やスピードを重視し、直感的に意思決定を行います。細かく作り込まれた資料よりも、企画の本質や方向性が自分の感覚に合うかどうかを重視します。この場合は、まず概要を端的に伝え、「感覚的にどうか」を確認することが重要です。直感に合えば、その後で具体的な進め方を詰めていく方がうまく進みます。松下幸之助も、直感を大切にした経営者として知られています。
もちろん、実際の経営層は、この四つのタイプのいずれか一つに完全に当てはまるわけではありません。複数の要素を併せ持っているケースも多いでしょう。それでも、このような型を持っておくことで、「なぜこの説明は刺さらなかったのか」「どう変えれば伝わりやすくなるのか」を考える手がかりになります。裏ルートは感覚的なものと思われがちですが、整理すれば十分に再現性を高めることができます。
まとめ:経営層への提案成功率を高めるために
いかがだったでしょうか。最後に強調しておきたいのは、裏ルートは表ルートの代替ではないという点です。多くの組織では、裏で方向性をすり合わせ、表で正式に意思決定するという両輪が回っています。どちらがより重視されるかは組織によって異なりますが、両方を意識してアプローチを設計することが、企画を通す確率を大きく高めます。
限られた時間の中で意思決定を行う経営層だからこそ、こちら側が思考やアプローチを整理し、相手にとって理解しやすい形で提示することが重要です。より詳しく知りたい方は、宣伝会議様で配信している「現場と経営層を繋ぐための資料作成力養成講座」もぜひご覧ください。
松上 純一郎
同志社大学文学部卒業、神戸大学大学院修了、University of East Anglia修士課程修了。
米国戦略コンサルティングファームのモニターグループで、外資系製薬企業のマーケティング・営業戦略、国内企業の海外進出戦略の策定に従事。その後、NGOに転じ、アライアンス・フォーラム財団にて企業の新興国進出サポート(バングラデシュやアフリカ・ザンビアでのソーラーパネルプロジェクト、栄養食品開発プロジェクト等)や栄養改善プロジェクトに携わる。
現在は株式会社ルバート代表取締役を務める。組織の変革のためにはスキルとwillの両面からサポートすることが必要という考えから、ビジネススキル研修、そしてコーチングのサービスを提供している。