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「向いているかどうか」では選べない ― 価値観の明確化がキャリアの分岐点を決める

「向いているかどうか」では選べない―価値観の明確化がキャリアの分岐点を決める me:Riseコーチング記事バナー

≪目次≫
はじめに
1. 法人向けコーチングで多いご相談:「マネジメントか、専門性か」の岐路
2. 事例:ある40代社員に起きた変化
3. なぜ「向き不向き」ではなく「価値観」から入るのか
4. 企業がこの分岐点をどう支援できるか

本記事の執筆者
近江 佳代子オウミ カヨコ
  • THE COACH認定プロフェッショナルコーチ(CICP)
  • 国家資格キャリアコンサルタント
 

はじめに

法人向けコーチングの現場では、「マネジメントに進むべきか、専門性を高めるべきか」という進路の相談を数多くいただきます。多くの企業が、一定の年次やポジションに達した社員に対してマネジメント職と専門職という複数のキャリアパスを用意していますが、いざ選択を迫られると、「これまで自分のキャリアの方向性についてじっくり考えたことがなかった」と戸惑う方が少なくありません。
本記事では、この分岐点に差しかかった方の変化を、コーチングでの気づきのプロセスとキャリア理論の両面からご紹介します。

1. 法人向けコーチングで多いご相談:「マネジメントか、専門性か」の岐路

法人向けコーチングをしていると、入社15年前後、係長〜課長クラスの方から「このままマネジメントを目指すべきか、専門性を高めていくべきか」というご相談を数多くいただきます。

厄介なのは、この意思決定を「マネジメントに向いているかどうか」という基準だけで進めようとすると、判断が止まってしまうことです。向き不向きは経験してみないと分からない部分が大きく、経験のない方ほど「自信がない」「責任が重そう」といった漠然としたイメージだけで足踏みをしてしまいます。

2. 事例:ある40代社員に起きた変化

ここでは仮にAさんとして、ある企業に勤める40代の方の変化をご紹介します。管理職に近い立場にありながら、実質的には現場でお客様と向き合う比重が大きい、いわゆるプレイングマネージャー的な働き方をしてきた方です。今後マネジメントに進むのか、専門性を高めていくのかを考えるよう促されたことをきっかけに、コーチングを受け始めました。

「向いているか」より先に、「何を大事にしているか」が分からなかった

Aさんは当初、「ビジョンを明確にしたい」「管理職か専門職か、自分の中で結論を出したい」という目標を掲げてコーチングに臨まれました。しかし対話を進めていくと、そもそも「なぜ管理職になるのか」を自分の言葉で説明したことがない、ということに気づかれます。

そこで、プレーヤーとして今の仕事にやりがいを感じる瞬間について尋ねると、「本当にその人のことを思って動いたときに、相手から返ってくる『ありがとう』が一番嬉しい」と語られました。一方でマネジメントについては「正直、まだよく分からない」という率直な言葉が返ってきました。この時点でのアクションプランとして、「顧客との対話を一歩深めてみること」「マネジメントについて何か一つ情報に触れてみること」を持ち帰っていただきました。

「引っ張るリーダー像」と「なりたいリーダー像」のズレに気づく

その後Aさんは、顧客との対話では「会社都合だけではなく、相手個人の考え、想いも聞いてみる」という関わり方を試したこと、また書籍からマネジメントについて調べてみたことを報告してくれました。「マネジメント=引っ張っていくもの」という以前のイメージが、「支援してチームを強くする」という考え方もあると知り、少し変化していました。

対話の中で、Aさんが持っていた「管理職」のイメージ(強く引っ張る、責任を一手に負う)と、実際にAさん自身が過去に憧れたリーダー像(本音で話してくれる、弱みも見せてくれる、心理的安全性を大切にする)との間にズレがあることが見えてきました。今、顧客に向けている「個人の想いを大切にして、願いを聞いていく」というベクトルをチームのメンバーにも向けてみたら、メンバーはどんな状態になりそうかという問いに対し、Aさんの口からは「安心」という言葉が繰り返し出てきました。ここで、漠然としていたマネジメントへの不安の輪郭が、少しずつ言葉になっていきました。

核となる価値観を、ぶれない行動指針に変える

コーチングの終盤では、「自分の核となる価値観(相手と本気で向き合うこと)が、会社の方針や立場によってぶれそうになったとき、何を心がけるか」というテーマを扱いました。

Aさんは、会社として求められる成果と、目の前の相手個人への配慮が両立しない場面を具体的に想像し、「その時こそ、短期的な要求だけでなく、相手との長期的な関係構築というゴールを意識して主張する」という自分なりの行動指針にたどり着きました。この指針は、上司に対しても、将来メンバーに対しても、同じように使えるものだと気づかれ、表情が明るくなったのが印象的でした。

こうした対話を重ねる中で、Aさんが得たのは「マネジメントか専門職か」という問いへの直接の答えではありません。「相手と本気で向き合うこと」「想いを理解しようとすること」という、どちらの道を選んでも変わらない自分の軸を明確にできたことこそが、最大の収穫でした。

3. なぜ「向き不向き」ではなく「価値観」から入るのか

Aさんの事例は、組織心理学者エドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein)が提唱した「キャリア・アンカー」の考え方と重なります。キャリア・アンカーとは、キャリアを選択する際に本人が最も手放したくないと感じる、自己認識に基づく能力・動機・価値観のことです。管理職か専門職かという意思決定を、給与や役職といった外的な条件だけで進めると、たとえどちらかを選んだとしても長期的な納得感や行動の持続性にはつながりにくいとされています。一方、自分のアンカー(拠り所となる価値観)を明確にした上での意思決定は、その後の行動に一貫性をもたらしやすいと言われています。

Aさんの場合、「相手のために本気で向き合うこと」「想いを理解しようとすること」という言葉がコーチングを通じて繰り返し語られました。これは、シャインの分類でいう「奉仕・社会貢献」の要素に近いものと捉えられます(※本記事では概念の紹介にとどめており、Aさん個人への分類の当てはめは私の解釈です)。

コーチングの現場では、「向いているかどうか」を問うと、多くの場合、経験の有無や自信の有無に意識が向き、判断がそこで止まってしまいます。一方で「何を大事にしたいか」を問うと、これまでの経験の中に一貫して流れていた価値観が見えてきて、それが意思決定の軸になっていきます。

4. 企業がこの分岐点をどう支援できるか

管理職と専門職、複数のキャリアパスを用意している企業は増えていますが、その分岐点での面談が「管理職に向いていると思うか」という問いだけで終わってしまうケースを多く見聞きします。

人事やマネージャーが中堅・管理職候補の方と面談を行う際は、「向いているかどうか」ではなく、「これまでの仕事の中で、どんな時にやりがいを感じてきたか」「大事にしてきたことは何か」から問いかけを始めることをおすすめします。本人が自分の価値観を言葉にできると、たとえ会社が用意した選択肢の中からの意思決定であっても、納得感を持って進めるようになります。

半期・年次のキャリア面談の設計にこうした問いかけを組み込むこと、あるいは面談の前段階として1on1形式のコーチングを取り入れることは、本人の意思決定の質を高めるだけでなく、結果として組織への定着やパフォーマンスにも良い影響をもたらすと考えています。

キャリアの分岐点に立つ社員の方々が、外的な条件だけでなく、自分自身の価値観を軸に意思決定できるよう、私たちme:Riseもコーチングを通じてサポートしていきたいと考えています。

参考文献:
Schein, E. H. (1990) Career Anchors: Discovering Your Real Values.(邦訳:金井壽宏訳『キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう』白桃書房 2003年)

 

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【本記事の執筆者】
近江 佳代子

就職超氷河期に大学を卒業。4度の転職を経て、異なる業界・職種での経験を重ねながら、自らの「働く意味」を問い続ける。
中西金属工業株式会社で約20年間勤務し、営業企画・経営企画にて管理職を務める。複数の事業課題解決会議を主導し、目標設定からKPI策定、現場が主体的に動くアクションプラン立案と実行を支援した。
現在はコーチ、研修講師、組織アドバイザーとして人と組織の成長に伴走する傍ら、学校づくりを手がけるNPO法人コクレオの森の理事としても活動。
クライアントが”ほんとうの想い”に気づき、自分と深くつながることで、自分らしく行動を起こしていくプロセスに寄り添うコーチングが特徴。

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