もちろん相手を尊重することは大切です。しかし、その結果として本来伝えるべきことが伝えられなくなってしまうと、相手の成長機会を奪ったり、組織としての成果を下げてしまったりすることもあります。
私自身、以前コンサルティング会社で働いていた頃は、顧客企業の社員や経営層へのインタビューを数多く経験しました。その際には、
「なぜそのような意思決定をしたのですか?」
「本当にそのやり方が最善だと思いますか?」
「その課題の本質は別のところにあるのではないでしょうか?」
といった、相手にとっては答えづらい質問や、場合によっては耳の痛い指摘をしなければならない場面が少なくありませんでした。
コンサルタントの役割は、現状を客観的に分析し、より良い方向性を提案することです。そのためには、相手の領域に踏み込んで話をする必要があります。そうした経験の中で、「言いにくいことを伝える技術」には一定のパターンがあるように感じています。今回は、その中でも特に重要だと思う「枕詞」について書いてみたいと思います。
技術よりも先に大切なこと
最初にお伝えしたいのは、言いにくいことを伝える技術は、テクニックだけでは成立しないということです。最も大切なのは、「なぜそのことを伝えたいのか」という思いや目的です。相手に成長してほしいのか。より良い成果を出してほしいのか。良好な関係を続けたいのか。その思いがなければ、どれだけ言葉を取り繕っても相手には伝わります。
逆に、本当に相手のためを思って伝えていることは、不思議と相手にも伝わるものです。
ですから、今回ご紹介する内容はあくまでも思いを伝わりやすくするための技術だと考えていただければと思います。
言いにくいことを伝える際に、もう一つ大切なのが相手へのリスペクトです。人は、自分を否定しようとしている人の話には耳を傾けません。しかし、自分を尊重してくれている人からの言葉であれば、たとえ厳しい内容であっても受け入れやすくなります。そのためには、日頃から相手の良いところや努力しているところを認めて伝えることが大切です。その土台があるからこそ、改善点や要望も受け入れられやすくなります。
なぜ「枕詞」が重要なのか
その上で私が非常に重要だと思っているのが、「枕詞」です。つまり、言いにくいことを伝える前の一言です。例えば、「少し気になる点があるのでお伝えしても良いですか?」、「率直なフィードバックをしても良いでしょうか?」といった言葉です。これは単なる前置きではありません。相手に、「これから少し聞きにくい話が来る」という心の準備をしてもらう役割があります。また、「なぜその話をするのか」という背景も伝えることができます。その結果、相手は内容を受け取りやすくなります。
<よくある失敗例>
ここまで枕詞の重要性についてお伝えしてきましたが、実は枕詞は使い方を間違えると逆効果になることがあります。私も様々な現場を見てきましたが、言いにくいことを伝えるのが苦手な人ほど、実は枕詞で損をしているケースが少なくありません。
失敗例① 「怒らないで聞いてください」
例えば、「怒らないで聞いてください」、「気を悪くしないでほしいんですが」という言い方です。一見すると相手への配慮に見えますが、実際には逆効果になることがあります。
相手はその瞬間に、「そんなに嫌な話なのか」、「怒るような内容なのか」と身構えてしまうからです。話の内容より先にネガティブな感情を想起させてしまうため、相手は防御的になってしまいます。
失敗例② 「言いにくいんですが……」
「言いにくいんですが」、「こんなこと言うのも何なんですが」という枕詞もよく見かけます。もちろん率直さを示そうとしているのだと思いますが、これも相手からすると、「それなら言わないでほしい」と思われることがあります。また、話し手自身も必要以上に申し訳なさそうに見えてしまい、本来伝えるべき内容の説得力を弱めてしまいます。
失敗例③ 前置きが長すぎる
例えば、「これはまだ社内でも完全に決まったわけではなくて、あくまで参考値で、もちろん今後変わる可能性もあるんですが……」というような話し方です。話し手としては丁寧に説明しているつもりでも、聞き手からすると、「結局何が言いたいのだろう」という状態になります。さらに、自信がないようにも見えてしまいます。
失敗例④ 言い訳になっている
例えば、「上から言われているので」「私もどうかとは思うんですが」「会社のルールなので」という言い方です。これは一見すると相手に寄り添っているように見えますが、実際には責任逃れに聞こえてしまいます。相手からすると、「ではあなた自身はどう思っているのか」という疑問が生まれてしまいます。
失敗例⑤ 褒めてから落とす
例えば、「資料は良かったんだけど……」、「頑張っているのは分かるんだけど……」、という伝え方です。もちろん相手を認めることは大切です。しかし毎回このパターンだと、相手は「褒められた後には必ずダメ出しが来る」と学習してしまいます。結果として、褒め言葉そのものを素直に受け取れなくなります。
これらの失敗例に共通しているのは、「自分を守ろうとしている」ということです。
一方で、良い枕詞に共通しているのは、「相手の成長や成功を願っている」ということです。つまり、枕詞は自分のためではなく、相手のために使うものなのです。
枕詞は相手のニーズに合わせる
では、どのような枕詞が良いのでしょうか。私は相手のニーズに合わせることが大切だと思っています。ここで参考になるのが心理学の「自己決定理論」です。自己決定理論では、人のモチベーションの源泉として次の3つが挙げられています。
• 有能感(成長したい、できるようになりたい)
• 関係性(良い人間関係を築きたい)
• 自律性(自分で選択したい)
相手がどの欲求を大事にしているかによって、伝わりやすい枕詞も変わります。
① 成長したい人への枕詞
成長意欲が高い人には、伝える内容が成長につながることを伝えると受け入れられやすくなります。
例えば、
• 成長につながると思うのでお伝えします
• より高いレベルを目指せると思うのでお伝えします
• 今後さらに良くなると思うのであえてお伝えします
といった言葉です。
また、
• 期待しているからこそお伝えします
• 任せたいと思っているからこそお伝えします
• 重要な役割を期待しているのでお伝えします
という言い方も有効です。相手は「否定されている」のではなく、「期待されている」と受け取ることができます。
さらに、チームへの貢献意識が強い人には、
• チームをより良くするためにお伝えします
• チームの成果をさらに高めるためにお伝えします
という言葉も有効でしょう。
また、意味や目的を重視する人には、
• 目的達成を考えるとお伝えしたいことがあります
• ゴールから逆算するとお伝えしたいことがあります
という伝え方も有効です。
② 良い関係を大事にする人への枕詞
関係性を重視する人には、関係を良くしたいという意図を伝えることが有効です。
例えば、
• 今後も良い関係でいたいのでお伝えします
• 長く一緒に仕事をしたいので率直にお伝えします
• お互いにとって良い形を考えたいのでご相談です
といった言葉です。これは部下とのコミュニケーションだけでなく、顧客との交渉や価格改定の場面でも有効です。
また、
• 両者にとって納得できる形を考えたいので
• お互いにとって良い結果を目指したいので
という言い方も有効です。
③ 尊重されたい人への枕詞
自律性や自身への尊重を重視する人もいます。そういう人には、
• 最終的な判断はお任せしますが
• 一つの選択肢としてお伝えします
• 大事なお客様なのでお伝えすると
といった伝え方が有効です。
また、相手のメンツやプライドを守りたい場合には、
• 今回に限った話だと思うのですが
• 特殊な事情もあったと思うのですが
といった言葉も受け止めやすさにつながります。
特に専門家に質問する際などは、自分の立場を少し下げることで相手が受け取りやすくなることがあります。
例えば、
「この分野は不慣れなのでぜひ教えていただきたいのですが」
「私の理解不足かもしれませんので確認させてください」
という言い方です。
これは相手の知識や経験への敬意を示しているとも言えます。
実際には、人のニーズは一つだけではありません。例えば成長欲求と自律性を組み合わせると、「○○さんは今後さらに良くなると思うのでお伝えしたいことがあります。もちろん最終的な判断はお任せします。」というような伝え方になります。同じ内容であっても、単刀直入に伝える場合より受け止めやすくなることがあります。
相手の気持ちの理解を伝える方法
もう一つ有効なのが、相手の気持ちを理解していることを伝えることです。例えば、見積金額が高いと感じられる可能性がある場合、
「この金額についてはいろいろな受け止め方があると思うのですが」
と一言添えるだけで印象は変わります。相手からすると、「こちらの立場や気持ちも理解した上で話しているんだな」と感じられるからです。
人は、自分の気持ちを理解してくれている人の話には耳を傾けやすくなります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。言いにくいことを伝える際には、
• 相手への思いを持つ
• リスペクトを示す
• 相手のニーズに合った枕詞を使う
• 相手の気持ちを理解していることを伝える
といったことが重要になります。
ただし、最も大切なのはテクニックではなく、「なぜそれを伝えるのか」という思いです。
枕詞は魔法の言葉ではありません。相手の成長を願う気持ちや、より良い関係を築きたいという思いを伝わりやすくするための手段です。ぜひ皆さんも、次に言いにくいことを伝える場面で、相手に合った一言を添えてみてください。きっと同じ内容でも伝わり方が大きく変わるはずです。
松上 純一郎
同志社大学文学部卒業、神戸大学大学院修了、University of East Anglia修士課程修了。
米国戦略コンサルティングファームのモニターグループで、外資系製薬企業のマーケティング・営業戦略、国内企業の海外進出戦略の策定に従事。その後、NGOに転じ、アライアンス・フォーラム財団にて企業の新興国進出サポート(バングラデシュやアフリカ・ザンビアでのソーラーパネルプロジェクト、栄養食品開発プロジェクト等)や栄養改善プロジェクトに携わる。
現在は株式会社ルバート代表取締役を務める。組織の変革のためにはスキルとwillの両面からサポートすることが必要という考えから、ビジネススキル研修、そしてコーチングのサービスを提供している。
