ポジティブフィードバックを阻む4つの壁
前回のブログでは、ポジティブフィードバックを阻む4つの主な要因について整理しました。
①そもそも組織がポジティブフィードバックを推奨していない
②ネガティブに偏る認知のクセ(ネガティビティバイアス)
③相手への気遣いや心理的なブレーキ
④フィードバックスキルの不足
このうち、①の「組織全体の文化」のように、自分1人の努力では変えにくいものもありますが、②〜④については、個人で取り組める余地が十分にあります。今回はこの3点を中心に、具体的な対処法をお伝えします。
ネガティビティバイアスとの向き合い方
人間は本来、ネガティブな情報に敏感な生き物です。なぜなら、生存にとって「危機回避」は最優先だからです。その結果、人はポジティブな出来事よりも、リスクや不安、不快な情報のほうに注意が向きやすくなります。これは「ネガティビティバイアス」と呼ばれ、進化心理学でもよく知られた概念です。
ネガティブな情報に目が向きやすいのが人間の本能である以上、この性質自体を完全に変えることは難しいことです。ただし、「ネガティブに偏っている自分の認知」を一度立ち止まって見つめ直すことで、その影響を和らげることはできます。
たとえば、私がよく行うのは、他者のネガティブな事柄や行動に心が支配されている時に一歩立ち止まって、「それは本当に深刻な問題なのか?」と問い直したりします。ロジカルシンキングでいうところの“クリティカルシンキング”や”論点思考”と考えてもらえれば良いと思います。
もう少し具体的に取り組むとすると、「その出来事の深刻さを100点満点で表すと何点か?」と、自分の感情を数値化してみるのも有効です。すると、案外10点や20点くらいだったりして、「意外と大きなことではないな」と気づくことがあります。
直接的な事例ではないかもしれませんが、たとえば私はジョギング中に苦しくなったとき、「本当に耐えられない苦しさを100点だとするとこれは何点か?」と問い直してみることがあります。すると、「60点くらいかな」ということが多く、それを認識した瞬間に実際に苦しさが軽減されることがよくあります。これは仕事や人間関係におけるネガティブな感情にも応用できると思います
また、ネガティビティバイアスには「良い点に意識を向ける訓練」を行うことも有効です。たとえば毎日20個、自分が感謝していることや良かったことを書き出す、あるいは、1日10回は誰かの良い点に気づいて伝える、といった習慣を続けることで、「ポジティブなことに気づける力」が少しずつ養われます。これは、脳の使い方を訓練するようなものと考えてもらえれば良いと思います。
心理的ブレーキを乗り越えるために
次に、ポジティブフィードバックを阻む「心理的なブレーキ」について見ていきましょう。心理的なブレーキとは、具体的には、以下のような気持ちです。
「上から目線に聞こえないだろうか」
「当たり前のことを褒めて嫌がられないか」
「褒めると成長が止まるのではないか」
「そもそも照れくさくて言いにくい」
これらを乗り越える一つの鍵は、「事実+Iメッセージ」という伝え方です。単に「よかったです」だけだと、確かに上から目線に聞こえたり、曖昧に受け取られることもあるかもしれません。
しかし、「このプレゼンの3ページ目の図、視覚的にとてもわかりやすくて、私自身すごく理解が深まりました」といったように、事実(=どこが良かったか)と、自分の感情や受け止め(=Iメッセージ)をセットで伝えると、具体的かつ自然に伝えることができます。
このやり方は、「上司が部下に」だけでなく、「同僚に」「年上の先輩に」「社外の関係者に」など、あらゆる方向に応用できます。むしろ、関係性がフラットな相手ほど、この伝え方がしっくりくるはずです。
「褒めると成長が止まるのでは?」という懸念についても、ポジティブ心理学の研究では反証が多数出ています。ポジティブフィードバックを受けた人の方が、自分の強みに気づき、意欲を持って行動を継続する傾向があることが示されています。
つまり、ポジティブフィードバックは「成長の終わり」ではなく、「成長のトリガー」になりうるということです。
スキル不足への対処:まずは量をこなす
最後に、「フィードバックのスキルがないから、褒められない」ということへの対処法です。これも非常によくある悩みで、多くの人が、「何をどう言えば良いかわからない」「タイミングを逃してしまう」という経験があるのではないでしょうか。
おすすめしたいのは、「思いついたときに、まずはメモする」ことです。たとえばメールの下書きにでも、「〇〇さんが会議で言っていた○○、すごく本質を突いていたな」と書いておくだけで十分です。
そのうえで、タイミングを見てチャットやメールで伝えるもよし。雑談の中で軽く触れるもよし。形式にこだわらず「とにかく伝えてみる」ことが大切です。
「フィードバックは直接会って言うべき」「ちゃんと構成を考えてから」など、完璧を目指しすぎると、逆に一歩目が踏み出せなくなります。まずは “質より量” の精神で、回数をこなして慣れることをおすすめします。
おわりに
ポジティブフィードバックは、「よく褒める人になる」ためではなく、「相手と良い関係を築き、より良い成果を引き出すためのスキル」です。そして、その土台にこそネガティブフィードバックも活きてきます。
信頼関係のない相手からの改善提案は、ただの指摘にしか聞こえません。しかし、普段から「あなたのことを見ている」「良いところをきちんと認めている」というメッセージを伝えていれば、「この人の言葉には耳を傾けよう」という気持ちが生まれます。
まずは、日々の中で小さなポジティブフィードバックを1つ、2つでもいいので意識して伝えてみてください。それがやがて、チーム全体の空気や関係性を少しずつ変えていく大きなきっかけになるはずです。
松上 純一郎
同志社大学文学部卒業、神戸大学大学院修了、University of East Anglia修士課程修了。
米国戦略コンサルティングファームのモニターグループで、外資系製薬企業のマーケティング・営業戦略、国内企業の海外進出戦略の策定に従事。その後、NGOに転じ、アライアンス・フォーラム財団にて企業の新興国進出サポート(バングラデシュやアフリカ・ザンビアでのソーラーパネルプロジェクト、栄養食品開発プロジェクト等)や栄養改善プロジェクトに携わる。
現在は株式会社ルバート代表取締役を務める。組織の変革のためにはスキルとwillの両面からサポートすることが必要という考えから、ビジネススキル研修、そしてコーチングのサービスを提供している。