ポジティブフィードバックの重要性
皆さんは普段の業務で同僚や部下、上司に対してフィードバックは行われているでしょうか。近年、心理的安全性やエンゲージメントという文脈でフィードバックの重要性が語られることが増えてきました。私も2年ほど前にコンカーの三村社長(当時)によるフィードバック研修に参加し、とても感銘を受けたことを思い出します。
そのフィードバックの中で特に重要なのがポジティブフィードバックです。フィードバックというと、改善点の指摘や評価などをイメージされる方が多いと思います。しかし、それらと同じくらい重要なのがポジティブフィードバック、つまり相手の行動や成果物の良い点を指摘するということです。
ひと昔前の「叩いて部下の成長を促す」というスタイルが難しくなっている現在においては、「良いところを伸ばす」スタイルが必須であり、ポジティブフィードバックの重要性はますます高まっていると感じます。
ポジティブフィードバックは個人のモチベーションの向上、望ましい行動の強化、そして組織においては心理的安全性の向上やチームワークの強化など、さまざまな効果があると言われています。
ところで突然ですが、皆さんはポジティブフィードバックは得意でしょうか?
私は実はポジティブフィードバックが非常に苦手です。特に関係性が近い人ほど、ポジティブフィードバックができなくなってしまいます。その効用については自分なりに十分に理解しているつもりなのですが、1on1などでもついポジティブフィードバックが少なめになり、改善の指摘ばかりになってしまうことがあります。1on1が終わった後に自己嫌悪に陥ることもあります。
自身がフィードバックに関する研修を行う立場でもあるので、「これではいけない」と思い、自分なりにポジティブフィードバックができない理由を探究してみました。
ポジティブフィードバックを妨げるもの
なぜポジティブフィードバックが少なくなるのか。その場面を思い出しながら自身の思考を振り返ってみると、私の場合は「ポジティブフィードバックによって、このままで良いと相手が思ってしまうのではないか」という恐れがあることに気づきました。
そもそも、ポジティブフィードバックを十分に行うためには、「できていて当たり前」と感じることに対してもフィードバックをする必要があります。なぜなら、日常業務の中では、目に見えて特別な成果が出ることばかりではないからです。そんな中でポジティブフィードバックを行うというのは、ある意味自分から見て「特別な成果ではない、通常の成果」を改めて言語化し、伝えるという行為になります。
その行為が「現状維持でも良い」といった誤解を招かないか、自分の中で不安を感じていることに気がついたのです。この不安の根底には、自身が以前在籍していたコンサルティング会社で、常に改善と成長を求められる文化の中にいたことも影響しているように思います。そこではフィードバックといえば改善点の指摘であり、ポジティブな声掛けは二の次。鋭い改善指摘を繰り返すことが成長を促すというカルチャーでした。そして実際にその環境が自身の成長につながったという実感もありました。
とはいえ、どんな環境においてもポジティブフィードバックは有効です。むしろ、コンサルのような成長志向の高い集団にこそ、「承認」や「安心感」を提供するポジティブフィードバックは必要だったのかもしれません。私自身、成長につながったとは言え、コンサルティング会社時代は精神的には常にプレッシャーを受けており、決して健全な精神状態ではなかったように思います。
ポジティブフィードバックが不足する4つの要因
この振り返りを通じて、ポジティブフィードバックを増やすために必要なのは、単純に「もっと褒めよう!」と意識することより、むしろ、なぜ自分がポジティブフィードバックを避けてしまうのか、その理由を丁寧に見つめ直すことが重要だと私は感じました。
そこで、ポジティブフィードバックが不足する代表的な4つの要因を整理してみました。当てはまるものがないか、見ていただけると良いと思います。
① そもそも組織がポジティブフィードバックを推奨していない
ポジティブフィードバックが組織文化として定着していなかったり、推奨されていなかったりすると、ポジティブフィードバックを実践する人は「なんだか自分は組織の中で浮いている」感覚を持ちやすくなり、ポジティブフィードバックが難しくなります。評価や指摘が中心の文化の中では、「良い点に注目する姿勢」自体が特殊な行動に見えることもあるかもしれません。
② ネガティブに偏る認知のクセ
人間の脳は進化的に、リスクやネガティブな事象に敏感に反応する傾向があります。したがって、何も問題が起きていない状態には注意が向きにくく、良い点があっても見逃してしまいやすいのです。この人間の状態に自覚的でないと、「特にポジティブフィードバックすることがないんだよな…」という状態に陥りがちです。
③ 相手への気遣いや心理的なブレーキ
特に相手の年齢が自身より上の時や同僚へのフィードバックの場合、「上から目線に聞こえないか」「当たり前のことを褒めて不快に思われないか」など、相手への気遣いが先立ってしまうことがあります。また、ポジティブフィードバックを普段から伝えていないと「照れくさい」といった心理的なブレーキが働くことがあります。その他にも私が陥ったような「褒めると成長が止まるのではないか」という思い込みもこの心理的ブレーキにあたります。
④ フィードバックスキルの不足
良い点をどう具体的に言語化すればよいのかが分からない、というケースも少なくありません。フィードバックのタイミングや言葉選びに迷い、フィードバックのタイミングを逃してしまうのは多くの人が経験することだと思います。
おわりに
ポジティブフィードバックが大事だと頭でわかっていても、それがなかなかできないのには理由があります。そして、その理由は決して「意識が低い」わけではなく、むしろ相手への気遣いや、自分の成長志向ゆえのブレーキであることも多いと感じています。まずはなぜ苦手なのか、その背景を掘り下げてみると、きっとその先に、自分なりの改善方法が見つかると思います。次回はそれぞれの課題への解決のヒントについて書ければと思っています。
松上 純一郎
同志社大学文学部卒業、神戸大学大学院修了、University of East Anglia修士課程修了。
米国戦略コンサルティングファームのモニターグループで、外資系製薬企業のマーケティング・営業戦略、国内企業の海外進出戦略の策定に従事。その後、NGOに転じ、アライアンス・フォーラム財団にて企業の新興国進出サポート(バングラデシュやアフリカ・ザンビアでのソーラーパネルプロジェクト、栄養食品開発プロジェクト等)や栄養改善プロジェクトに携わる。
現在は株式会社ルバート代表取締役を務める。組織の変革のためにはスキルとwillの両面からサポートすることが必要という考えから、ビジネススキル研修、そしてコーチングのサービスを提供している。