1.はじめに
私たち人間は、仕事やお金、人間関係、健康など、あらゆるものに対し、自らのビリーフ(Belief)を持っています。
ビリーフとは、信念・価値観という意味で、自分が信じていることや大切に考えていること、そして、思い込みでもあります。子どもの頃からの刷り込みや経験がもとになって出来上がったある種の固有化された観念であり、このビリーフによって、ある物事が起きた時の感情や行動が決まってくるのです。
ビリーフは時に自らの強いパワーとなり、物事を上手く運んでくれることもありますが、一方で自らを悩ませる種にもなります。実際ビジネスの場面においても、ビリーフがあることで自らの行動が制限され、なかなか目標に達成できないようなケースは多々あるものです。
今回は、自己啓発をテーマで実施したコーチングから、自己啓発そのものだけではなく、自らのビリーフを見つめ直すきっかけとなった事例をご紹介いたします。(尚、守秘義務の観点からお名前や内容は変更しております。)
2.英語に関する自己啓発に悩むマネージャーのコーチング事例
半導体メーカーに勤める30代の男性マネージャー、高沢さんの事例です。
新卒から現在の会社に勤めており、社歴は約10年。3か月前にマネージャーに昇進し部下を持ち始めました。
そしてここ最近はプロジェクトマネージャーとしてグローバル案件を任されることもあり、英語を使用する機会も増えてきました。先頭をきって進んでいくリーダータイプで、部下からの信頼も厚い方ですが、負けず嫌いな性格から自分自身を苦しめてしまうこともある方でした。
コーチングで扱うテーマを設定する際、高沢さんは今の状況をこうお話されました。
「マネージャーになり複数の部下ができました。皆やる気があって一生懸命働いてくれており、とても助かっています。おかげで私がリーダーを務めているグローバルプロジェクトも順調に進んでいるのですが、今日は英語のことで話をしたいと思っています。」
もう少し具体的に英語の何について悩んでいるかを伺うと、こんな回答が返ってきました。
「まず皆の英語レベルがかなり高くて・・・。もっと英語を勉強したいのですが、仕事もかなり忙しくなっているので、なかなかその時間も取れません。それと、時間が仮にあったとしても、今って英語を勉強するツールがいろいろあるじゃないですか。選択肢がいろいろあるので、何を選択するのが自分にとって一番いいかも悩み所です。お恥ずかしい話なのですが、今は海外にいる現地マネージャーとのコミュニケーションを後輩たちに助けてもらう場面も多々でてきています。自分の方が先輩なのに、助けてもらっていることに対して恥ずかしさを正直感じています。だからこそ、もっと勉強しないといけないのですが・・・」
高沢さんの話からは、3つのことに悩まれていることが伺えました。
まず第1に、英語学習時間の確保が難しいこと。
第2に、英語学習の手段が多いことから、何を選べばよいか分からないこと。
そして第3に、英語でのコミュニケーションを後輩に助けてもらっていることです。
どれも高沢さんが実際口にしたことではありますが、高沢さんの表情や口調から、心の奥底でさらに高沢さんを悩ませているものを感じました。それは、強い思い込みがあること。
「先輩である以上、自分の方が英語を話せなければならない」と、高沢さんは考えられていました。
本来、先輩は後輩よりも英語が上手である必要はないはずですが、高沢さんには上記の強い思い込みがあり、それが自身を縛ることで、悩みがうまれている状況です。まさに冒頭で説明したビリーフ(Belief:信条、信念、思い込み)が、高沢さんの中にあったのです。生まれ育った環境や過去の経験、過去に自分が下した判断に基づいて、「先輩たるもの後輩より英語ができるべき」というビリーフが高沢さんの中に存在していました。
今回の事例の場合、このビリーフは高沢さんの強いパワーとなるよりも、本人を悩ませる種になっていました。
そして厄介なことに、自分がこのようなビリーフがあることを、高沢さん自身が気づいていない状況でした。
(尚、今回の事例に限らず、ビリーフは自分でなかなか気づけないものなのです。)
高沢さんの悩みを聞いた上で、隠れたビリーフを見つけたコーチは、このように質問しました。
コーチ:「”先輩たるもの後輩より英語ができるべきだ’。こんな強い考えがあるように感じたのですが、どう思いますか?」
高沢さん:「え?だってそうですよね。経験がある人間が、経験の少ない人間から助けてもらうのって、恥ずかしいじゃないですか」
コーチ:「後輩たちは、先輩である高沢さんを英語の面で助けることに対して、どう思っているのでしょう?」
高沢さん:「え?どう思っているか・・・。考えたことはありませんでしたが、助けることに対しては、単純に嬉しいのではないでしょうか。自分は英語をあまり話せませんが、他のリーダーシップ力やマネージメント力にはそこそこ自信があります。後輩の仕事もサポートできているし、彼らは自分を慕ってくれていると思います・・・・。そうか、別にそこまで英語にこだわる必要はないのかな・・・」
コーチの質問を通じて、高沢さんには自分視点ではなく、後輩の立場に立ってもらいました。
そして、先輩たるもの後輩より英語ができるべきだ、という前提から、後輩に自分の苦手分野をサポートしてもらうことは恥ずかしいことではない、という新たな考え方が、高沢さんの中にうまれたのです。
その後、海外とのやり取りにおいて、高沢さんは継続して後輩からのサポートを受けることにしました。
時に「恥ずかしい」という感情が高沢さんの中に出てくることもありましたが、「後輩に助けてもらうことは恥ずかしいことではない」と、自身の中で何度も唱えることで、徐々に後輩に助けてもらうことに対して、抵抗を感じることが少なくなっていきました。つまり、自身の中にあった過去のビリーフを弱め、新たなビリーフを手にすることができたのです。
そして、新たなビリーフを手にした高沢さんは、後輩たちに英語学習のアドバイスを求めることも始めました。
先輩に頼られることに後輩たちは大きな喜びを感じ、その後、チーム内の雰囲気もさらに良くなりました。
そして高沢さん自身の英語学習も進み、スピーキング力が少しずつ向上していきました。
3.まとめ
今回の事例のように、コーチングを通してご自身の思い込みに気づかれる例はとても多いものです。
恐らく高沢さんだけではなく、このブログを読んで下さった方の中でも、自分より若手の社員に助けてもらったり、アドバイスを求めることに対して抵抗を感じている方も少なくないのではないでしょうか。
コーチングでは、コーチとの対話を通じて、ご自身の成長の鍵に繋がる隠れたビリーフに気づくことができます。
また、高沢さんの事例のように、ご自身の課題解決やチームのコミュニケーション向上等にも繋げることができるのです。
本日の内容が少しでも皆様の役に立てば嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
志鎌 あかね
本田技研工業(株)に10年間勤務。
海外営業や物流、人事を経験。人事部では新入社員から次期経営幹部候補まで、計約900名の人材育成に携わる。
米国のリーダーシップ開発機関や欧州のビジネススクールとも協同。
現在はライフキャリアコーチとして活動中。研修講師や企業の次世代リーダー支援も務める。
プライベートでは不妊治療を経験。
直感や比喩を用いた問いかけを通じ、漠然とした将来のイメージを具現化するライフキャリアデザインに定評がある。
・ CTI認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ (CPCC)
・ 国家資格キャリアコンサルタント
・キャリア・デべロップメント・アドバイザー(CDA)